・常識でわかるニセモノ 外伝

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 ニセモノの話というわけではないのですが、前回の記事を書いている途中、数年前の小さな出来事を思い出しました。

 ある美術商の事務所に行った時の話です。その方は私がこの仕事を始めた頃から声を掛けてもらっているオバチャン業者で、歳の差はありますが懇意にさせてもらっていました。お茶をご馳走になりつつ商売の話をしていると「○○君、ずいぶん前に買ったんだけど、この絵皿どうかな?」との話が。壁に掛けられたその皿には、美術愛好家でなくとも名前は知っているであろう有名日本画家の絵が入っていたのですが、どうやら買ってくれという訳ではなく物がどうかということを訊ねてきたようでした。

 美術商というのは、優れた美術品があれば見ようとしなくても大抵目に入ります。たくさんある品物の中に埋もれていても、たまたま通りかかった街角のお店に飾られていても、パッと目に飛び込んでくるのです。勿論、美術商でなくとも自分の興味ある物が飾られていれば、周りは気付かなくてもその人の目には留まっているのでしょう。音楽が好き人なら、フト耳にした旋律が心に残っているかもしれません。

 しかし、私は壁に掛けられたその絵皿に気が付いていませんでした。いや、気が付かないというより、単に気にならなかっただけかもしれません。どちらにしても、その絵皿は全く私の気を惹いていなかったのです(「気を惹かないもの」が悪いという訳ではありません。喫茶店にある絵が会話や休憩の邪魔にならないように、あるいはスーパーで流れる音楽が買い物の気を逸らさないように、存在感を主張しすぎないことに存在価値のあるものもあるのでしょう)。 

 それはともかく、私はその絵皿を見ることになりました。壁の上の方に掛かっているので椅子に乗って外しましたが、遠めに見ても印刷の飾り物です。「××さん、皿も安っぽいし、こりゃどう見ても印刷ですよ。レンズを使わなくても印刷のドットが見えてます…」「え、そうなの? そんな事ないと思うけどなぁ、どれどれ」。美術商の事務所ですからさすがに精度の良いルーペがあります。しかし、どういうわけかドットの説明しても、そのオバチャン業者はよくわからないようでした。そこで、新聞や書籍をルーペで見てもらい「印刷」というものをよく確認していただくことに。その後もしばらく皿の絵付についていろいろと話していましたが、次の瞬間私は目が点になってしまいました。画家の絵皿ということで最初は絵が直筆かどうかばかり見ていた(説明していた)のですが、皿をひっくり返すと非常に小さく文字がプリントしてあります。そこには…。


 「△△庵」


 「××さん…、こりゃ蕎麦屋の開店祝いですよ…。」

 このお方、印刷の掛け軸を買ってしまったり、商品のキズが見えなかったりと確かに失敗談も多く聞こえてはきます。が、一方ではとても私が扱えないような名品を何度も扱っていたり、有名美術館に品物を収めたりと大きな取引もされているのです。考えてみれば、高額商品になればなるほどニセモノが存在するもの。たまに変な物を買ってしまうのは何ですが、もしかしたら常に精力的な売買をしているという証拠なのかもしれません。 

 蛇足ですが、もしルーペをお持ちでしたらお手持ちの美術・骨董品以外にも、本・新聞等の印刷物、普段使われている食器等いろいろと見られておくと良いでしょう。実際に多くの「物」を見ることで、思いがけない自分なりの鑑定ポイントが見つかることもあると思います。

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